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考えるほど、外に出られなくなっていった

心のこと

YouTubeを見ていたら、おすすめ動画にこんなのがあった。

www.youtube.com

ギターには、音階を区切るための「フレット」が並んでいるが、それを取っ払った「フレットレスギター」を弾いてみたという動画だ。

区切りがないので、指で押さえる位置が微妙にずれただけで音程もずれてしまう。でもこの人は、「速く弾くと意外と弾ける。ゆっくり弾く方が難しい」と言う(1:15~)。

自動化

心理学を勉強していると「自動化」という言葉が出てくる。慣れるにつれて、注意をせずともできるようになることを言う。こうしてキーボードで文字を打つことも、はじめは難しかったはずだ。

注意力には限界があるから、多くの注意を必要とすることを同時にやろうとすると、一つずつやる場合と比べてパフォーマンスが落ちる。それが練習を重ねるにつれて自動化が進み、遜色ないレベルにまでなることが知られている(放送大学教材 認知心理学 13' p.77)。

自動化された行動は、あれこれ考えずにこなすことができる。むしろ意識が入り込むと逆効果になることがある。上で挙げた動画は、まさにそのことを示している思う。ゆっくり弾く方が、「上手く音を出そう」と考えられてしまうから。

イップス

スポーツで「当たり前にできていたことができなくなる」ことは、「イップス」と呼ばれる。例えば野球選手が暴投を繰り返してしまったりする。それまで練習を重ねて自動化されていた動作に、何かのきっかけで意識が入り込んで、バランスが崩れてしまうことが要因だと僕は思っている。

中学時代、僕は野球部だったので、ボールを投げることにはそこそこ自信があった。でもある時期から、ドッジボールのときだけ、まともに投げられなくなってしまった。強く投げようとするとボールに変な回転がかかって、力が伝わらない。ボールを持つだけで緊張するようになった。仕方なく、ふわっとしたパスでごまかしていた。

このころから、「自分でコントロールできない」と感じる経験が増えていったように思う。

どうあるべきか

高校受験の直前、風邪をひいて行った病院の待合室で、「みんなに見られている」と強い不安を覚えた。それ以来、「他人からどう見られるか」ばかりが気になるようになっていった。人がいる場所では、常に変な意識が入り込むようになったということだ。

「歩くとき、手はどのくらい振るべきか」、「視線はどこに置けば自然か」、「笑うときの口の具合は?」―。どうあるべきか、考えれば考えるほど分からなくなってしまった。

そしてそれが「自分は変じゃないか」、「キモイと思われているんじゃないか」という不安を強め(実際、振る舞いはぎこちないだろう)、さらに考えようとする。完全に負のサイクルに陥ってしまった。

その後ひきこもりに至るのは、当然の結果だったと言える。一人でいる間は自然体でいられるし、考え方の変化もあって楽にもなった。でもいまだに、外出した時は常に心の中でキョドっている。

突破口としての非日常体験

考えることが逆効果なら、考えられない状態に身を置けばいいんじゃないか。プレッシャー、疲れ、まったく新しい体験、そのどれもがストレスになりそうではあるが。

明日からする旅は、そのいい機会になることを期待している。

hiki-jiritsu.hatenablog.com