ひきこもりから自立を目指す

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母に対してどうしようもなくイライラしてしまう

二人いる妹が家を出て行き、祖母の体調を気遣って父が一緒に住むことになり、それに伴っていまのアパートに引っ越して来てからは、実質、母との二人暮らしになった。それ以来、以前にも増して母への不満が募っていく。もはや言動のすべてが気に入らない。

でもそれを直接言うこともできない。だから精いっぱいそっけない態度をとっている。返事をしないこともある。そのはずなのに、母は相変わらず話しかけてくる。この状態がいよいよストレスになってきたので、何とかしたいと思うようになってきた。そもそもどうしてイライラしてしまうのか。

母の自己満足に付き合わされていると感じる。例えば、母はごはんを一人で食べ始めようとしない。他に家族がいるときは僕がいなくても食べ始めるから、僕を待っているわけではないようだ。ただ最初に食べたくないらしい。

でも僕にも都合があるから、呼ばれてすぐに行けるわけじゃない。そうすると母は、急に掃除を始めたり、バッグの中を整理し始めたりする。そうして時間をつぶして、僕が席に着くタイミングに合わせて「ちょうど終わった」みたいな感じを出して母も席に着き、同時に食べ始める。

母には一人で食べ始めたくないというこだわりがある。でもそれを他人に言えない。この点は僕も互い様。でも、母が満足するための一連の見え透いた演技に、僕が毎回付き合わされることが激しく気に入らない。自己満足のための道具みたいじゃないか。

とにかく、母に利用されていると感じる。自分の意見に同調させようと、会話を構成してくる。何か決断するときは、僕に「説得されたから仕方なく」みたいな形に持っていこうとする。頼みごとがあるときは、僕から「やろうか」と言い出すように仕向ける。僕が母をどう思うかという主観の部分まで、なんとか操作しようと仕掛けてくる。独り言を装った実況も多い。この自己中心的で、一方的に間合いを詰めてくる感じが、気持ち悪くて仕方ない。

果たしてどこまでが僕の思い込みなのか。少なくとも、客観的に見て明らかな欠点が母にあることは確かだと思う。それに今までの経験上、母の意図を読み違えたことはほとんどない。母に対して冷たい態度をとる度に罪悪感を覚えるが、これらの理由は、それを正当化しても余りあると思っている。

でも、(僕ほどではないにしても)母に対して不満を持っている妹は、まるで友達のように接している。それを見ると、僕の態度が唯一の正解だとはとても思えない。それに、母の態度にいくら問題があったとしても、それによって僕がイライラする義務もないんじゃないか。

イライラすることで、「疾病利得」的な、なにか意味があるという見方もある。僕の場合もゼロではない。現に母の態度が予想通りだと、イライラすると同時にちょっと嬉しい。でもたぶん「なんとなく」という部分が大半だと思う。今までの関りの中で、なんとなくこうなって、なんとなく不快だけど、それでも一応なんとかなってるから、なんとなくそのままになってきた。でもそれが我慢できないことに変わりつつあるなら、自ずと状況も変わっていくだろう。

こういう状況には「認知療法」が適していると思う。認知療法では、勝手に湧いてくる役に立たない考えを「認知の歪み」として、これを適切な形に変えていくことを目的としている。その中でも「コラム法」と呼ばれる技法が役に立ちそうだ。

あいにく今の僕は、素直に実行できそうにない。まず根本的なところが揺れているので、あるべき姿を容易に決めてしまいたくない。でも何とかしたいという気持ちも相当にあるので、まずは、コラム法のうち価値観を含まない部分、どういう場面でどう感じたかを、毎日記録してみようと思う。

追記
2日くらい前、ついに母が一人で食べ始めるようになった。これまで何年も続いてきたのになぜこのタイミングなのか。もしかしてこのブログを見ているのか?