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嫌な思い出を整理するために、ひとり回想法をやってみようと思う

考え事をすると、恥ずかしかったり悲しかったり、自分の中では黒歴史になっている思い出に必ずたどり着いてしまう。「やめろ!」「ごめんなさい」とつぶやけば気持ちは落ち着く。ただそれが癖になっていて、人前で出てしまわないかと心配している。

これまで意識についての本を何冊か読んできたが、その扱いは大きく3つに分けられる。一つは意識は頭の中ではなく周囲の環境の側にあるというもの、もう一つは現実世界をもとに頭の中にモデルを作るというもの、そして最近読んだ本には、意識は頭の中にとどまらず周囲に投影されるというものだった。意識は環境の側にあるのか、頭の中にあるのか、環境の側まで広がるものなのか、まだ理解があいまいなのでどれも「なるほど」と分かったような気になることしかできない。

でも意識の根本にネガティブなイメージがあるとしたら、それが原因にせよ結果にせよ、世界全体が同じように見えていてもおかしくない。嫌な思い出に必ず「他人」が絡んでいれば、みんな敵に見えてもおかしくない。うつ病の人がきれいな景色を見て感動できないのと同じように。

嫌な思い出が湧いてこないようにするためには、考え事をしないようにするしかない。ということは考える暇もないほど忙しくするしかない。でも忙しくしたいとは思わないし、忙しくなくなればまた湧いてくるから解決にはならない。

放送大学で勉強中の科目で「回想法」という心理療法を知った。高齢者に用いられることが多く、エリクソンの言う「自我の統合」を達成するために有効な手段の一つだという。過去の自分を振り返りそれを人に話すことで、自尊心が高まり結果的に人生全体に肯定感が持てるようになるらしい。

僕は月に2回のペースでカウンセリングに通っていて、ほとんど一方的に自分のことを聞いてもらっている。ただの愚痴になることもあるが、打ち明けるだけで気持ちが楽になる経験を何度もしてきた。ブログに書いても似たような効果がある。相手は見えなくても誰かに見られていると感じるからだろう。

ただ直接対面する場合はもちろん、匿名のブログでさえ、ふと湧いてくる黒歴史のレベルとなると打ち明けることができない。人に知られる以前に思い出したくもないからだ。

でも過去の自分と今の自分が同じ自分なのかという疑問もあるし、そもそも自分とはなにか、何が良くて何が悪いのか、最近は分からなくなっている。過去の自分を振り返るにはいいタイミングかもしれない。黒歴史を封じ込めることにも限界を感じるので、このブログを使ってこれから「ひとり回想法(そんな心理療法はない)」をやってみようと思う。

誰かに読まれることを想定しつつも、読み手のことを全く考えない内容になってしまうかもしれない(さもこれまで考えてきたかのような言いぐさ)。

 

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