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人中毒

心のこと サポートステーション

短期アルバイトが終わってから2か月が経とうとしている。最後にサポートステーションへ行ったのはそれが決まる前だったから、もう4か月くらい経つか。通っていた期間より長くなってしまった。時間が空くほどまた行くのに勇気が必要になる。

それでも、これまでの報告や今後のことを話すために今日行ったら暖かく迎えてくれて、僕の支離滅裂な話に長い時間付き合ってくれた。僕が自虐的なことを言ってもそれをうまくフォローしてくれる。それが楽しくてつい何度も繰り返してしまったから気持ち悪いやり取りだったと思う。それでもなんとなく晴れ晴れした気持ちで帰路に就くことができた。

人と関わることはそれだけで人を人間らしくする力があると思う。対話を通して統合失調症を治療する「オープンダイアログ」、前に参加したセミナーでは、少年院退院者が社会との接点を持つ(具体的には働く)ことで再犯率が1/5になるという。

心理学の勉強をしていると、現状の自分に都合の悪い内容に出会うことがある。例えば脳は試行錯誤して学習するように出来ている。人の脳は人と関わるために進化したという「社会脳仮説」。失敗はつきもので、人は一人では生きていけないというようなことが何度も出てくる。

たぶん人と関わることを始め、あらゆる経験を通して脳が(意識できないところで)勝手に適応してくれるようにできているんだろう。その「人」が大勢集まって社会ができれば、自然とこのような風潮になるのも納得できる。

今日久しぶりに人の多い街を歩いていたら、ここにはこんなに人がたくさんいるのに僕は誰一人として知らないことがとても虚しく思えて、自分でもびつくりした。そのあと寄った店で店員とやり取りするときに、いつものように緊張しなかったのは無関係ではないだろう。

一人がなにより好きだと自分では思っていて、それでもそれを完全に受け入れられないのは「一人はみじめ」という世間の常識に縛られているからだと思ってきたが、本当にそうだろうか。

今はそう思っているからそうなんだろう。この先やっぱり人が好きだったと感じたら、それは気づいたんじゃなくて変わったということ。いや、そんなことはどうでもいい。もし人の脳が人と関わることに重点を置いているなら、人と関わることは間違いなく楽しい。実際、世間から距離がある僕から見ると、みんな人中毒なんじゃないかと思う。たとえじゃなく本当に。

僕の場合は徐々に関わる人が減っていったから禁断症状は比較的軽かったが、それでもそれは劣等感として現れてかなり辛かった。でも本当に中毒なら、その気になれば戻るのは簡単だろうな。