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自己中心的な世界に生きる母

心のこと 家族

今年の始めに母が仕事を辞め、僕も先月アルバイトが終わって、二人で家にいる時間が多くなった。以前にも増して母への不満が募ってまう。

今朝、母は親戚関係の写真を印刷していた。僕はその隣でご飯を食べていたら印刷が始まって、そしたら母が「あーあー」と言いいながら失敗しちゃった感を出しつつ僕の方を見てきた。僕は眼鏡をかけていなかったので「見えない」と言ったら母は、「違う違う」「用紙のサイズを間違えた」と言ってきた。知らんがな。

母が印刷してどうしたいかなんて分からない。PCの画面いっぱいに写真が表示した状態で置いてあったからなんとなく状況は分かったものの、僕がそれを見て、さらに母の意図を察した前提で話してくるのが気持ち悪い。

例えば母は数日後の予定について、まずは卓上カレンダーを見ながら少し考えてから話し出す。絶対に見えない距離にあるのに何を見ているのか。その姿を僕が見て察して、スムーズに予定の話に入るための演技にしか見えない。

その証拠に母はたいてい疑問形から会話に入る。いきなり用件を切り出すのは僕もなんとなく抵抗があるから分かる。でも知りたくもない質問に毎回答える身にもなってもらいたい。

それから情報を伝えるときは、たいてい「~だってね」という言い方をする。「ね」がつくことで「知っているでしょ」というニュアンスになる。母が祖母と電話で話した直後に、その内容について「おばあちゃん今度~だってね」というように。

それは口癖ではなく、「~だって」という言い方をしたときに、「(そんなこと)知ってるよ」という反応を返されるのが嫌なんだろう。自分の専門分野だったりして強い確信があるときは「ね」を付けないこともあるから。

それに気づいてからしばらくは、「いや知らない」「聞いてない」と初めて聞いたことを主張していたが、あまりにも頻度が高くて面倒なので適当に返事してあしらうことにした。

しかし、最近新たな問題が浮上してきた。母が僕の返事に対して決まったリアクションをとることに気づいてしまった。

母「~だってね」
僕「ふーん」
母「うん」

何だよ最後の「うん」は。若干かぶせ気味で、しかも満足そうなニュアンスが感じられるから余計に腹立つ。こんなに短い会話なのに2回も腹立つ。

もう明らかに同意を求めることだけが目的になっている話し方も多い。

母「~だよね(当たり障りない常識的な意見を自分の意見のように言う)」
僕「うん」
母「うん」

最近は返事をしないことも多くなってきた。形としては僕が無視しているから自己嫌悪があるけれど、なぜか「うん」の方がよほどストレスだからやむを得ない。それでも僕なりに要所と思われるところでは返事をしているからか、母は気にしていないように見える。

というよりも、僕がときどき返事をすることで、無視したくてしているわけではないことを分かってもらいたいという気持ちがある。その意味では母のやっていることと何も変わらない。自分基準で、当然自分の思惑通りに相手も受け取るだろいうという都合のいい解釈をしてしまう。

僕が母の狙いを(おそらく)正確に読んでイライラしているのと同じように、母やそれ以外の人も僕に対して思うところはあるかもしれない。少なくとも母のそういう姿を見て僕自身を省みるまでは、確実にそうだっただろう。

自分と似ている(というより僕が母に似てしまった)母はこれ以上ない反面教師なわけだけど、やることなすことに腹が立ってしまうからなかなか辛い。