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【読書】心をつくる―脳が生みだす心の世界

 「これからは脳科学の時代ですよ」という臨床心理士の方の言葉に影響されて、それと関係ありそうな「心をつくる―脳が生みだす心の世界」という本を読んだ。

 この中では、普段見ている「世界」は直接知覚しているのではなく、あくまで脳が作り出したモデルだということが繰り返し強調されている。その過程が巧妙に隠されているため、あたかも直接知覚しているように錯覚するという。

予測とエラー

Hering illusion

 錯覚というと、実際とは違うように見えてしまう「錯視」が思い浮かぶ。本中ではこの見慣れた錯視が、世界と知覚との間に意識できない過程がある証拠の一つとして挙げられている。

 錯視という現象の最も驚くべき点は、自分の受け取る情報が誤りであると知っていて、対象が本当はどういう姿をしているか分かっていてもなお、脳が誤情報を見せ続けるという事実である。(p59)

 脳は「無意識の推測」を絶えず行っていて、可能な解釈の中から一番適当と思われるものを提示する。そのためにまず脳内のモデルを基準に、五感からどんな情報を受け取りそうか予測する。実際に受け取った情報と比較するとたいていズレ(エラー)があるので、それに応じて脳内モデルを更新する。これをエラーが無視できるほど小さくなるまで繰り返す。たいていの場合2~3周、時間にすると100ミリ秒程度だという。

 知覚が予測から始まっているといえば、10数年前に初めてライチを食べたときのことを思い出す。僕はその得体のしれない食べ物に触れた瞬間「熱い」と感じた。家族が平気で食べているのを見て改めて触ってみて、ようやく冷やされていることに気づいた。

 このように勘違いしてしまうこともあるが、知覚する前にある程度予測することで(意識の上では)瞬時に判断することができる。そしてその予測は間違っていることが前提で、エラーをもとに修正を繰り返すことでより確かなものになっていく。「何事にも失敗はつきもの」と言うことか。

どちらの解釈を優先するかの理由が見つからない場合、その両方を行き来することになる。

Necker cube

 ネッカーの立方体として知られるこの図形は、遠近感や陰影といった手掛かりがないため、正面に来る面が左下と右上で交互に入れ替わる。しかし頭の中で思い浮かべるだけでは予測もエラーも無いため、この反転は起こらないという。

 人はスケッチやいたずら書きやラフな下絵といった形で自分の考えを外在化することで創造性を発揮する。(p174)

 一人で思いつめるだけではどんどん深みにはまっていくのも分かる気がする。

他者の心を理解する方法

 脳には、自ら動作した時だけでなく他者が同じ動作をしているときにも活性化する「ミラーニューロン」や、他者の痛みに対して反応する領域があるため、模倣したり共感したりできる。こうした仕組みを通して、実際には見えない他者の心までモデル化し理解することができる。

 自分の身体を含めた物理世界と直接のつながりを持たないからこそ、私たちは他者の中に入っていけるのである。(p197)

 そうすると、例えばどんなに目の前にいる「母」を嫌っているように感じても、実際は僕の脳内にある「母のモデル」を嫌っていることになる。そのモデルは修正を重ねてきた結果とはいえ、推測の際に都合の悪いことを切り捨てる傾向が強いことを考慮すると、要因はある程度自分の側にもあると言うことだ。実際に妹たちの母に対する態度は僕とはまるで違う。

脳だけが知っていること

 モデルが作られる過程のように、脳だけが知っていて意識できないことはたくさんある。

サブリミナル効果

 ある研究によると、一瞬だけ怒った顔の画像を表示して即座に普通の顔の画像に切り替えると、「普通の顔が見えた」としか感じない。しかし脳の活動を見ると、怒った顔を表示している間は扁桃体が活性化していた。

盲視

 脳を損傷して視野の一部が見えなくなることがある。見えない部分に光源をかざして「左右どちらに動いていますか?」という質問をしたところ、高い確率で正解できる人が少数ながらいて、中には8割以上正解した人もいた。

記憶障害

 前日の出来事の一切を忘れてしまう重度の記憶障害の人が、1週間ほどある運動スキルを学習した。すると本人は学習したことを覚えていないのにも関わらず運動スキルは日ごとに向上して、その後間隔を置いても保持されていた。

 とても不思議に感じるが、脳も体の一部なんだからすべて意識できないのは当然と言えば当然かもしれない。今週末から始めるアルバイトに向けて筋トレしたら全身筋肉痛になってしまったが、酷使した筋肉を強化する過程も当然のように自動で行われている。

自分をコントロールしている感覚

 自分をくすぐることができないのは、脳がどう感じるかを予測できてしまうから。実際に、触った感覚が最初に届く大脳皮質で「抑制」が起きているらしい。

 脳は予測可能な身体感覚を抑制するので、コントロールが最も強くできているときには何も感じていないのである。(p130)

 だから逆にうまくコントロールできないときにこそ、コントロールしているという感覚が生まれる。僕が自意識過剰になって「歩き方変じゃないかな?」と思うときのように。

 放送大学の「乳幼児心理学」の中で、「乳児は単語を切り出す手掛かりの一つとして音節の変遷確率を使っている」と書かれていて驚いた。例えば"go"という音の後に"la"という音が100%の確率で続けば"gola"を一つのまとまりとみなす。そんな複雑な処理を脳は常にそれも無意識にやってのける。

 確率が知識として理解できた今、意識して同じことをやろうとしても到底できない。神経症は意識するほど悪化するといわれる理由が分かった気がする。

心理学に対するイメージ

 ドーパミンという神経伝達物質は、快感ややる気をもたらす。ドーパミンを分泌する神経細胞は「報酬細胞」とも呼ばれていたが、実験の結果そうではなく、報酬の予測を修正する働きをすることが分かった。予想を上回る報酬が得られればプラスに、下回ればマイナスに。この仕組みのおかげで、教える者がいなくても自然に学習できる。ここで併せて紹介されているように、これは行動主義の「強化」に当たる。

 このように、この本全体を通してこれまで勉強してきたことと重なることも多かった。脳内のモデルは「スキーマ」と言い換えることができるだろうし、それを一人ひとりが持つことは「心的現実」につながる。それが変化していく過程はピアジェの認知発達理論と似ている。無意識の推論の中で確率的に判断する際の癖は「確証バイアス」そのものだし、意識できない領域という意味での無意識は100年以上前にフロイトが扱っている。

 そんなこんなで、読み始めたころにあった「まったく新しい考えを知ることができるかもしれない」というワクワク感は薄れてしまったが、正直安心した感じもある。勉強を始めるまで心理学は完全に文系だと思っていたのに、最近はどうやらそうではないことが分かってきて戸惑っているから。でもそこから出てくる結論が妙に自己啓発的だったりして面白い。

心をつくる―脳が生みだす心の世界

心をつくる―脳が生みだす心の世界