ひきこもりから自立を目指す

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さらば GR

 半年前に購入した RICOH GR をマップカメラに買い取ってもらった。

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 GRの前に使っていた一眼レフは、写真ではなく「一眼レフを使っている自分」に意識が向いていた。だから純粋に写真を撮りたいと思ってGRに買い替えたわけだが、こんな高価なカメラを気軽に持ち歩けるわけがなかった。そんなことは最初から分かっていたはずなのに、自分の気持ちを記録したいなんてかっこいい言葉を使ってカメラにしがみついていた。

 僕は撮った写真を見返すことがほとんどない。唯一、カメラの性能(解像感とか)を確かめるときに見返すくらい。じゃあ機材が好きかというとそうでもない。振り返ってみると、初めて自分のデジカメを買ったのが5年ほど前、ちょうど大学を休学した年だった。とにかく「やりたいことを見つけなければならない」と焦っていた時期だったから、手っ取り早く始められる写真を趣味にしたかったんだろう。

それ以来カメラを持っていることが大事になって、でも自分では写真が趣味だと思い込んでいて、気持ちが離れそうになるとカメラに不満がある気がしてその度に買い替えてきた。GRで5台目になる。買い替えとはいえ僕にとっては大きな買い物で、それだけに思い入れもより強くなった。

 数年ぶりにカメラを持たずに散歩してみたが、カメラを持ち歩くことがいかに負担だったかがよくわかった。被写体を探さなくていいし、カメラの持ち運びに気を使う必要もない。写真を撮ることが外出する理由になるどころか、むしろ逆効果だったかもしれない。久しぶりのただの散歩はそれほど解放感があった。

 もう一度振り返ってみると、今まではいかにも絵になりそうな被写体(放置された農機具なんか)を躍起になって探しては撮って、あたかも感性の赴くままにシャッターを切ったような気になってみたり、こんなものを撮っていたら変な人に思われやしないかと思いつつ、「僕は写真を嗜んでいます!」とアピールしたい気持ちもあった。

 GRは一眼レフにも勝るとも劣らないほど画質も操作性もよく、それでいてコンパクトで軽量、設定できる項目も豊富で本当に優れたカメラだと思う。

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 でも僕の場合は、結局一眼レフの時と変わらず「GRを使っている自分」が大事で、何かこだわっている感が出せるものなら、GRどころかカメラである必要さえない。まさに宝の持ち腐れだった。

 写真が好きだと思い込んできたが、今思えばいろいろ予兆はあった。写真を撮る意味や、みんな撮った写真をどうやって鑑賞しているのかしきりに調べていた時期もある。でもそれすら、より真剣に写真と向き合おうとしているからだと本気で思っていたから可笑しい。僕の中では疑う必要性も感じられないくらい当たり前のことが、この期に及んで思い込みだと分かったのは結構ショックでもある。