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勉強していると損な気がする

 放送大学で勉強を始める前は、一日中机に向かって打ち込む姿をイメージしいていた。でも勉強を始めてから1か月半、生活は以前とあまり変わらない。相変わらずネットやテレビ、昼寝をしたりで一日の大半を過ごしてしまう。内容は面白いと思うのに、「勉強していると損な気がする」感覚が邪魔をする。

勉強嫌いになった理由

 僕は小学校の高学年あたりに宿題をさぼるようになってから、ほとんど勉強らしい勉強をしてこなかった。授業をあえて聞かないようにしていた時期もある。そうなった理由は親のせいだと僕の中では結論が出ていたが、本当にそうだろうか。

 確かに、テレビやゲームなどの娯楽を禁止されて「つべこべいわずに勉強しろ」「困るのは自分だぞ」と頭ごなしに言われ続けたことは十分理由になる気がする。

 しかし僕の一つ下の妹は勉強が大好きだった。僕があれこれ言われる姿を見ていたにせよ、あまりにも違いすぎる。だから親のせいにしたい反面、そのことだけでは説明がつかないことも薄々分かっていた。

時間は有り余っているのに

 先日ネットを徘徊中に「オモコロ」というサイトで見た記事が面白かった。

omocoro.jp

 僕は本をあまり読まないが、読んだ後は毎回成長できた気がするし、読めば読むほどいいと思う。それじゃどうして普段から読まないのか。時間は有り余っているのに。

勉強しないことで守ってきたもの

 考えていくうちに、勉強嫌いなこととの共通点が見つかった。それは「努力しなくてもそこそこできる自分でありたい」という思いが強いということ。

 僕はこれでも、テストの点はだいたい平均前後だった。「勉強しなくても困らない、自頭がいいからやればできる。」それだけが心のよりどころだった。

 放送大学の勉強も常に時間を気にして、頻繁に時計を見ては一喜一憂していた。勉強方法もなんとなくテキストを読みながらOneNoteにまとめるだけで、他の方法を試すこともなかった。これでは一体誰のために勉強しているのか分からない。

損なわけがない

 勉強するほど、時間をかけるほど、理想像からは離れてしまう。でも仮に呑み込みが悪くても、誰かに迷惑をかけるわけでもない。少しずつでも確実に進歩していく。損するというのは完全に思い込みだったわけだ。

やる気が出る条件

 やる気について調べると、大体似たようなことが書かれている。

・目標を持つことが大切
 僕の目標はまだ漠然としているが、目標を持つとこんなにも意欲を持てるものかと驚いている。でも勉強を進めるほど自分の至らなさに気づくことが辛くて、勉強をすると損する感じにつながっていた。しかし「分からない」ことに気づくためには「ある程度分かる」必要がある(テキスト中に出てきた)から、確実に進歩している証拠でもある。

・やる気が出ないのは当たり前(意思が弱いからではない)
 そうはいっても、勉強を始めるきっかけはなかなかやってこない。やっぱり娯楽と違って苦痛が伴う面はあるから、つい楽なほうへ流れてしまいそうになる。でもそれは自然なことらしい。

・とりあえずやってみると案外やる気が出てくる
 ここ数日はとりあえずやってみることを実践しているが、テキストを開くまでの抵抗は相変わらずある。それでも、早く終わらせることが目的ではなくなったこともあってか、一旦始めると確かに集中できることが多い。なにより自分のためになっている感じがある。