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一人称が言えない & あだ名で呼べない

「一人称 言えない」とか「あだ名 呼べない」で検索すると、かなりヒットして驚いた。僕も家族の中で一人称が言えないし、高校時代の友達をあだ名で呼べなかった。

一人称

一人称が「ぼく」の時は普通に言えていた。小学校では4年生くらいのときに「俺」に切り替えた。でも家庭内ではタイミングを逃してしまった。

【当時の思考】

親から「なに偉そうにw」とからかわれる恐れがある。

しかし外では「俺」と言いだしてしまった。

家で「ぼく」と言い続けると、外で「俺」と呼んでいることがばれたときに困る。

じゃあ、自分のことを呼ばないようにしよう。

ひとまずこれで解決したつもりだった。しかし(僕の中では)一大事件が起こる。

その日は公民館で子供会の集まりがあって、そこで僕は帽子を落としてしまった。拾ってくれたおばさんが「誰の?この帽子~」と言って初めてそのことに気づいて、「あー俺だ!」と言って名乗り出た。
子供同士で群れていたから当然のように「俺」を使ってしまったが、その日は保護者も近くにいることを忘れていた。

母親がそれをしっかり聞いていて、後日何を思ったか、その時のことをからかう感じで「あー俺だw」と真似してきやがった。

そういえば近所に、自分のことを「オ̚↑レ↓」と言う友達がいた。僕の家では、母がそのまねをして「オ̚レ!」と言うと父親が笑う定番のネタみたいに定着していた。そうだ、それで僕もからかわれることを恐れるようになったんだ。

そして自分が恐れていたことが本当に起きてしまった。もう2度とこんなミスを犯すまいと決めた。

でも親の前だけじゃなく、妹や祖父母の前でも言えないのはなぜだろうか。

あだ名

一人称との関係は分からないけれども、友達をあだ名で呼びづらいと感じるようになったのも、そのころだと思う。特に男子の場合は、基本的にはあだ名で呼ばなければならない風潮があった。仕方なく、本人がいないところであだ名を使ってみて、慣れたころに実戦に投入する形をとっていた。

ある友達に「俺のことそう呼んでたっけ?」と言われた時は、母に一人称をからかわれた時のようにショックを受けた。相手からしてみれば当然の疑問なんだけど。

親に対して説明するときもあだ名で呼べず、「~ていう人」と言っていた。

でも例外もあった。当時特に親しくなった友達を、僕なりに勝手にあだ名を付けて呼んでいた。そのうちに周りも賛同してくれるようになって、僕も含めお互いをその命名規則で呼び合うようになった。

今思えば、すでに付けられたあだ名を呼ぶのを避けたかったんだと思う。

中学では殆ど呼び捨てで済んだので楽だった。

問題は高校。友達のことを一度も呼ぶことができなかった。いよいよ病的だなと自覚した時期でもある。

大学ではそもそも友達ができなかった。

両親も―

僕の両親も家族の中で同じような問題を抱えている。

【父の一人称】

母に対しては「俺」
下の妹に対しては「お父さん」
義理の両親に対しては「私」
僕、上の妹、自分の親に対しては一人称を言えない。

【父の2人称・3人称】

自分の両親と義理の両親を呼べない。一度だけ、母に「誰が?」と聞かれて苦しそうに「オフクロが...」と言ったのを聞いたころがある。

【母の一人称】

父に対しては「あたし」
僕ら兄妹には「お母さん」
自分の両親と義理の両親に対しては一人称を言えない。

【母の2人称・3人称】

問題なし

そういうわけで僕ら家族の会話は、主語があまり出てこない。

場面緘黙症

それで今日、調べているうちに「場面緘黙症」という言葉を知った。
「家庭内では普通に話せるのに、学校では誰とも話さない」など、特定の場面で無口になってしまう症状らしい。

中学の時、友達とは普通に話せるのに、授業中に指名されると何も言えなくなるクラスメートがいたことを思い出した。しかしその直後に、大学時代の僕も症状だけ見ればまさにこれだと気付いた。

僕の場合は注目を浴びるのが嫌だった。とにかく空気に徹しようと、ほとんど口を開くことはなかった。それどころが表情を変えるのもダメだと思って、笑うことはもちろん、あくびなどで物理的に口を開けるとこにも抵抗があった。でも教員とは普通に話すことができる。

今は家族との食事中が思い当たる。 母と二人でいるときは無理に話しかけてくるから嫌でもyes noくらいは言うけれど、両親 + 僕の場合、僕は一言も話さない。たまに明らかに僕に話が振られているような状況でも、「興味ありませんよ。そもそも会話を聞いていませんよ。」と言う顔をしてやり過ごす。一人称がいえないことはもちろん大きい。でもそれ以上に、自分が家族と楽しそうに会話するのは悪いことな気がしてしまう。

場面緘黙症かどうかは置いといて、一人称を言えないとき、あだ名で呼べないとき、大学で空気に徹していた時、両親の会話を黙って聞いているとき、どれも同じような「息苦しい」感覚が共通してある。たしかに呼吸しているはずなのに、まるで酸素が足りないみたいな苦しさ。色々な意味で気持ち悪い。

それぞれがどう関係しているのか知りたい。