ひきこもりから自立を目指す

日常や心境を記録中・・・

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いつもと違うやり方

1週間ほど、長野にある母方の祖父の家に行ってきた。

祖父の家は元々農家だったが、今は畑のほどんどを人に任せて、趣味の果樹園が1枚だけになった。それでも80半ばの祖父が一人で管理するのは大変で、この時期は桃の収穫があるので毎年呼び出しがかかる。身内の中で暇なのは僕くらいなので、特に理由がなくとも年に数回は(義務感から)遊びに行くのだけれども、今回のように一人で行くのは1年ぶりくらいだった。

それですっかり忘れていたが、僕は祖父のことがどうも苦手で、帰り際に「しばらく来たくないな」と思うことが度々あった。家族で行くとターゲットが分散してあまり気にならないけれど、今回のように一人で行くと、小言、文句、説教、自慢話がすべて僕に降りかかる。

言うことに一貫性がなかったり、同じこと、分かりきったことを何度も言うなど、母と似ていると感じる部分もあるし、母が子供時代に委縮してしまったのがよく分かるほど、押しが強い部分もある。

どんな経験も生かさないと損だという「もったいない精神」が自分の中で流行っていることもあって、今回は勇気を出して我慢以外の行動をとろうと考えた。

いつも素麺と決まっている昼食に僕だけ牛丼を食べてみたり、小言を言われるたびに言い返したりもしたけれど、結局落ち着いたのは「回避」することだった。

台所回りでの小言が特に多いので、朝は祖父が起きる前に、夜は入浴中に食事の準備を済ませてしまう。なにも隣で小言を言われながら作る必要はない。

説教が始まったら、少しずつ距離を置いてフェードアウトする。広い家だから、姿が見えなくなっても不思議ではない。「いつの間にかいなくなっていた」のが理想。

回避と言うと後ろ向きに聞こえるけれど、今回の場合は積極的回避と言ってもいいくらい、僕の中では斬新な方法だった。

祖父に悪意があるとは思えないし、小言や説教が祖父なりのコミュニケーションの取り方なのかもしれない。でも理由はどうあれ僕は嫌だ。

物事をシンプルに考えることが重要だとよく言われるけれど、僕にはやたら小難しく考えたがる癖がある。怖いことから逃げるために、それらしい理由を後付することを繰り返して、ゴテゴテになった状態を見て「困った」と難しそうな顔をする。

今までは、自分を変えるためにはどうしたらいいか、一生懸命考えてきた。でも自分を変えてくれる出来事なんて、そうそうある事じゃない。

今回の回避行動が正解とも限らないけれど、いつもと違う行動はとれたし手ごたえもあった。こんな感じで、日常の中で当たり前になっていることの中にも、チャンスはいくらでもあると思う。