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嬉しい不意打ち

母の仕事が休みだったので昼食を一緒に食べているときに、会話が始まった。まずはPC関係のことから、僕のことに少しふれたあと例に倣って母の話になった。

母の生い立ちは僕から見ても結構問題点が多いと思う。

・家事を率先して手伝うようないい子だった
・優秀な兄と比較され「失敗作」と言われていた
・高校の時に交通事故にあう
・退院後は陰口をたたかれクラスに馴染めなかった
・働きだした頃、本気で好きだった人と死別

交通事故は、祖父が車を運転した時に起こった。一生ものの傷も負ったし、ことあるごとにその話に触れるので相当な思いがあると思う。

それなのに、「すべて起こるべくして起こったことだからしょうがない。」といふ。

一方で子育てのこととなると、「過去のことを思い出しては自分を責める」という。その割には「その時々でベストを尽くした」とか、「僕や上の妹は特別な配慮が必要な子供だった」と付け加えてくる。

「仮に僕たちには特別な配慮が必要だったとしても、その中でベストを尽くしたなら何が問題なのか」と聞いた。「育児の知識が不足していたことと、やっぱり知らず知らずのうちに押しつけがましいところがあったっと思う。」という答え。

母の両親に対しての思いと矛盾している。少し勇気を出して、そのことを指摘してみた。

「それならそれも起こるべくして起こっただけじゃないか。祖父母のことを恨んでないというのは嘘じゃないか?」

それには僕の願望も含まれている。今まで母は、「僕に生まれ持ったもの(発達障害アスペルガー症候群)がなければ、自分を責めるしかなくなる。」という、まるで自分に責任はないかのような言い方をしていた。しきりに、医療機関での診断を勧めてきたこともある。

「この期に及んで、よくそこまでしらばっくれるな」と思っていたけれど、今思えば本当に自分を責めているからこそ、生まれ持った性質にすがりたかったんだろう。

期待した通り、母の答えは「Yes」だった。

僕は両親に対して恨んでいる部分もあるけれど、そのおかげでいろいろ考えることができている。健全な家庭に育って順調に生きていたとしたら、恐ろしいとさえ思う。
これまでの経験を生かしたいから、今は臨床心理士を目指そうと思っている。逆に生かさなければもったいない、苦労しただけ損だ。

というようなことを言ったら母は、「そういうことが聞きたかったのかもしれない」と泣き出した。いつもの僕なら、母の思う壺だったと苛立つところだが、なぜか僕も泣きそうになってしまった。

今までは、母が悪かったと認めて謝罪して欲しいと思っていたのに、まさかこんな形で母の愛情を確信できるとは思わなかった。


昨日今日で読んだ「愛着障害」という本の影響も大きいかもしれない。
そこで思ったことも書いておきたい。