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久しぶりに母と会話した

心のこと 家族

少し前に母から、今の状況や今後どうするつもりか教えてほしいというメールが来ていた。同じ家にいて毎日顔を合わせているのに、普段はほとんど話すことはない。でもそのことについて久しぶりに会話した。

母の一番の興味は、僕がこうなった原因が生まれ持ったもの(アスペルガー症候群等)ではないかという、僕もさんざん考えてきたことだった。僕の中ではゼロではないが精々グレーゾンで、それよりも考え方に問題があるという結論が出ている。だからそうやって決めつけてくるのは、母が責任を逃れるための言い訳にしか聞こえない。

例えば母がそう思う理由の一つに、音に過敏だったと僕が雷を怖がったエピソードを挙げた。それは僕も覚えているが逆にそれしか記憶がないので、「それは雷が怖かっただけじゃないか、他はないか」と聞いたら「まあそれくらいだけど...」と歯切れの悪い返事。他も同じように、まず症例ありきでそれに当てはめようとしている感じがした。

どこかの医療機関で診断を受けたらいいんじゃないかとしきりに勧めてきた。あまりにも言って来るので「そんなに言うなら受けてもいい」というと、僕が受けたくないならいい、それで少しでも楽になるなら受けてみたらと、あくまで僕のことを考えてますよという感じで言ってくる。そんな会話を数回繰り返してようやく、母自身が知って楽になりたいのかもしれないとボソッと言った。

こんな感じで母の本音がにじみ出ているのに、いざ本人の口から引き出すとなると難しい。この期に及んでまだ自分に責任はないと思えるのが逆にすごいと思う。

こういう話し合いは今までも何度かしたことがある。話の内容よりも、母の意見がコロコロ変わるのが毎回気になる。それは本心を隠して、その場しのぎで話すからだと思う。僕も似たようなところがある。

そこで今回は勇気を出してそのことに触れてみることにした。まず僕がこうなった根底には「自分勝手」があると考えているということを伝えた。だから母が本心を隠すのも同じじゃないか?と、本人には言わないことが重要。

その後は母が自分のことを話す展開になったが、僕はことあるたびに「それはどういう意味?」「どうして?」とカウンセラーのようなことをやっていった。

例えば僕の過去の節目を振り返っているときに、高校受験の話題になった。僕の進路について「口出ししなかったのはなんで?」と聞く。「自分の意志で決めて欲しかったから」とわかり切った答えが返ってくる。いつでも恩着せがましい。
ぼく「あの時点で将来のことを一人で決めるのは無理だったと思うけど?」
はは「言っても聞かなかったでしょ?」
ぼく「(確かにそうだが)そういう問題ではない。言わなかったのは責任追うのが嫌だったから?」
はは「違う。自分でもどうしていいかわからなかったのかもしれない」
ここで、僕の意見を尊重したというのは言い訳だったと、母の口から聞けた。


その後、妹や母の仕事のことを聞きながら同じようなことをやっていった。そしてついに「それを言って嫌われたくないとか、(僕が言ったみたく)自分勝手なところがあるかもしれない」という、おそらく本心と思われることを引き出すことに成功した。

同じ手法で、母が自分のことを考えようとしないことの言い訳に、子供や仕事を利用していることも(遠まわしではあるが)自分から認めた。

意外にもそうやって母自身が欠点を言ってくれると、許せる気がしてくるから不思議だ。僕の考えた通りで気分が良かったというのはもちろんあるが、裏が取れたらとれたでもっとイライラするものと思っていた。やっぱり、適当に当たり触りないことを並べるよりは、多少棘があっても本心を出した方が信頼感が生まれる。という当たり前のことを実感できたのが、今回の収穫だった。

本心を隠したいという母の性格も尊重すべきだったかもしれない。でも僕が他人の言動で気が滅入ることがあるように、その逆があってもしょうがないと最近は思うようにしている。