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旅をしようと思う

1週間ネットを断っている間に、録画してあった番組を見たり、本を読んだりして暇をつぶした。

改めて自分の嗜好を眺めてみると、「教養系」のコンテンツが大半を占めている。たいして興味もないくせに。「知っていることが偉い」と思っているからだ。

ネットを断ってみようと思ったきっかけの一つに、そういう価値観から自由になりたい気持ちがあったので、それ以外の、ただ面白く見られそうなものに限定して見ていった。

はじめはトーク番組が中心だったが、気づけば、登山、グレートレース、飛行家、インドの田舎など 「非日常系」にシフトしていた。

そこに登場する人たちが、とても生き生きしているように見えた。安心安全で快適な普段の生活が、味気なく、むしろ不幸なことのように思えてきた。

インドの田舎――具体的には「ガンジー」という、実話を基にした映画に登場する農村――で、数人の農夫が土を耕している場面が映ったとき、「負けた」と思った。僕の方がはるかに恵まれているはずなのに、その人たちの方がはるかに幸せそうに見えた。

僕はたまに外出する以外はずっと部屋にこもっている。この状態が一番マシだという、火を見るよりも明らかだったはずの考えが揺らいでいる。

もう少し、感覚や感情を大事にしてもいいんじゃないか。

たしかに人は怖いが、死後の世界も生まれ変わりもないと思うが、だからといってこのままでいいのか、世間体ではなく感情的に迷っている。

部屋を出てどこか遠くへ行って、自分なりの冒険をしてみたい。

ちょうどこの時期は「青春18きっぷ」が使える。さっそく買ってきた。新幹線の自動券売機で買えた。

来週、これを使って、5日間の旅をしようと思う。

 

人間の大地 (光文社古典新訳文庫)

人間の大地 (光文社古典新訳文庫)

 

 

働くことに違和感と抵抗がある

ネットを断った1週間、あまりにも暇すぎたので、部屋を整理した。

いろいろな物を手に取っているうちに、今、身の回りにある物一つ一つに、どれだけ多くの物と人が関わっているかとしみじみ思った。

部屋にこもっていると、ついそこだけで世界が完結しているように錯覚してしまう。

「ただ乗り」している後ろめたさや世間体ではないく、(珍しく)純粋な感情として、「社会に貢献してもいいかな」という気持ちがよぎった。

部屋の整理に何日もかかるわけもなく、すぐに暇を持て余して、今度は散歩に出かけた。

社会参加が意識にあったからだろう、町のいたる所に誰かの働き場所があることに気づいた。そのどこか1か所にさえ関わることができれば、立派に貢献できる。働くということは、僕が思っているほど特別なことじゃないのかもしれない。

でも通りすがりの工場で、店で、建設現場で、自分が働くことになるかもしれないと思うと、急に不安になって、そこが嫌な場所に見えてくる。場所そのものというよりも、そこで働く人たちが怖い。

母が職場の話をすると、そこでは誰かにとって怖いおばさんかもしれないと思う。妹は某デパートでアルバイトをしている。気兼ねなく話せる妹が、そこでは店員なんだ。なんだろうこの違和感は。

これまでの数少ないアルバイトでも、同世代の人たちが働いている姿を見て似たような違和感を覚えた。「どうして僕と同じかそれより若いのに働いているのか」と。

そういえば、僕は親しい人が働いている姿を見たことがない。強いて挙げれば、祖父の農作業を手伝ったときくらいか。あとは皆、オフの姿しか知らない。逆に働いている人からは、オフの姿を想像できない。というか想像したことさえなかった。

誰もが公私の両面を持っているという当たり前のはずのことが、感覚的に理解できない。

快適な部屋にずっとこもっていれば、それも当然か。部屋の中と外は、文字通り世界が違う。普段はこんなに落ち着いているのに、ひとたび部屋を出れば母の一挙手一投足に感情を乱され、さらに家を出れば、もはや別人になってしまう。

それと同じように、自分の部屋でする作業は全く苦にならない。家事もそれ自体は苦じゃない。ただ母の負担を減らすことに葛藤がある。それが家を出るともうだめだ。

働くことに対する言いようのない違和感と抵抗は、ただ単純に、外の世界を知らなすぎることが要因かもしれない。

隣の家が引っ越した

こんなに嬉しいことはそうそうない。住んでいるアパートの隣が引っ越した。

夜遅くまで騒音がひどい。床が揺れる。しかしそんなことはどうでもいいくらい、タバコの煙が嫌だった。

ベランダで吸ったり、台所の換気扇の下で吸ったり。その煙が一日に何度も部屋に入ってくる。

換気口を閉めきっても、その隙間や換気扇を逆流して入ってくる。窓も開けられない。洗濯物ももろに浴びる。

今年度で引っ越さなかったら、いよいよ母と相談して苦情を入れようと思っていた。まさかこのタイミングで出て行ってくれるとは!ほんとうに嬉しい。思わず天を仰いだ。

ネットを断つ

外出が特別なイベントになってから何年経つだろうか。1年のほとんどは家にいて、1日のほとんどはPCの前に腰かけている。そうして、ただなんとなくネットを徘徊している。

ダラダラ過ごすことが悪いとは思わない。むしろ僕にはもっと心からダラダラする時間が必要だと思う。

ここ数年、家にいながらできることに取り組んで、それなりにスキルや知識を身に着けてきた。でもそれは、楽しいからではなく、現実的に将来を見据えているわけでもなく、ただ何もない、何もしていない自分が受け入れられないからだ。

ネット徘徊は、いろいろ知っている方が偉いと思っている僕にとっては、都合がいい。その意味では、ダラダラしているようでしていない。

そんな状態で、一日の大半を占めるネット徘徊を辞めてみたらどうなるか。そう思って、明日から1週間ネットを断つことに決めた。